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The view from my window

上空からみた景色
第374空輸航空団広報部 ロビン・スタンチェック軍曹

 これは私が3月11日の震災後、初めて被災地上空を飛行した時のことだ。
 休日返上、12時間体制で支援を続けているものが何かを知りたいという気持ちと何なんだろうという懸念を持っていた。
 今回の任務は簡単なもの:横田基地第36空輸中隊所属のC-130ハーキュリーズのクルーと第374整備即応中隊の戦闘機動部門所属の軍人2名が、航空自衛隊千歳基地(北海道)へ飛行するというものだった。
 千歳基地では飲料水、毛布、米などを含む6パレットの災害支援物資を積み込み、松島に輸 送する予定だ。
 任務を聞いた時は、松島が災害被害が大きい地域の一つであった宮城県にあることをまだ知らなかった。松島へ着陸するため、降下している時からその地域がどれだけ被害を受けたのかを目の当たりにした。
 航空自衛隊千歳基地に着くと、航空自衛隊員と第374装備即応中隊の米軍人が輸送物資をC-130に積み込めるか監査を行った。無事終了し、皆でパレットを迅速に積載した。
 今になってわかった。これはただ簡単な任務じゃない。凍りつくような気温だけではなく、立っているのもつらいほどの風の中での積載作業は、決して楽な作業ではない。

 いくら皆が尽力していても、天気が良くなることはなかったが、だれもがわかっていたことは、私達を待っている人達には、どれだけこの物資が貴重であるかということだ。

 6パレットの物資をC-130に積載すると、座席数が限られる。ほぼ最少数と言える数しか残らない。積載作業完了の声が聞こえると、クルーは松島までの長いフライト中に私が座る場所として、狭く小さな空間を提供してくれた。小さな窓から日本の田園風景を見ることが出来る席だった。

 太陽は沈み始め、夜が更け始めた。眼下に通り過ぎる家や車のライトが灯り始めた。子供の頃、飛行機に乗って、窓から見える都市や街を見て、今どの辺を飛び、そこにはだれがいるのかと考えていたことを思い出した。

 目的地に近づき、降下している中、見える景色に一箇所、電気が全く灯っていない場所が見えた。ただ数台の車のライトが光っているだけだった。これまで灯りのある景色を眺めていただけに、そこだけ何の光がないことに違和感を感じた。

 最初は地域の停電かとも考えた。昨今の状況では考えられることだ。その場所に近づくにつれ、自分が何を見ているのか気づいた。悲しみと心が痛んだ瞬間だった。

 疑いを持ちながら見た場所には、屋根部分だけが水面に出ている家があった。道路部分は一面流されてしまっていた。高い場所に設置されていたと思われる標識だけが残っていた。ボートや大型の船がすぐ側の泥の地面に置かれたようにあり、車両やトラックは水没していた。

 座席周辺を見回し、積み込んだ6パレットの1万5千ポンドの支援物資を眺めた。私はこれまでとは違う視点で、この物資がどれだけ貴重で、関わる任務の意味を実感した。

 松島の荒れ果てた滑走路に着陸後、現地の日本人担当者が物資を降ろす。その後、米海兵隊のヘリコプターで地域の避難所へ輸送するという。

 最後のパレットが機内から降ろされる時、荷卸しをしていた日本人担当者の顔が目に入った。この絶望と荒廃した風景に囲まれた中でも彼らは笑顔だった。航空機のドアが閉まる中、彼らが手をたたき、私達に手を振っているのが見えた。それはまるで支援物資を届けてくれてありがとうと言っているようだった。